
スポーツ医科学レポート (第1回 対談内容)
岐阜県スポーツ協会スポーツ医科学委員会では『スポーツ医科学レポート』を発行し、医学的な話題(整形外科・内科)をはじめ、トレーニング論、運動生理・栄養学、体育学・心理学の観点に立って、競技団体のみなさまや県民のみなさまに対し、スポーツと医科学との連携を啓発・推進しております。
今年度当協会では、『ぎふ清流国体』に向け、スポーツ医科学をもっと身近に感じてもらおうと、ホームページ上に定期的にレポートを掲載することにしました。
その第1回目として、ぎふ清流国体に向け機運を高めようと、ホッケー女子日本代表チームの監督でいらっしゃる安田善治郎氏を訪ね、「選手強化について」、「医療機関との連携について」、「ドーピングコントロールについて」のお話を伺いました。
今回の対談にご参会頂いた方々
アドバイザー
ホッケー女子日本代表チーム監督 安田善治郎 氏
聞きて
岐阜県体育協会スポーツ医科学委員会副委員長
(きくいけ整形外科院長) 喜久生明男 氏
岐阜県体育協会スポーツ医科学委員
(岐阜大学医学部看護学科教授) 西本 裕 氏
岐阜県体育協会競技スポーツ担当 西脇 勝己
編集
岐阜県体育協会競技スポーツ担当 高木 永悟
スポーツ医科学レポート (4/17 岐阜グリーンスタジアム)

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■ チームづくり、選手強化に関すること
- 西本
- 選手強化についてお考えになっていることからお聞かせください。
- 安田
- 技術的な問題と体力的な問題、どちらか一方だけが先行してばかりではいけないので、連携しながら進めたいと願っています。特に我々はホッケーにおける技術指導はできるが、フィジカル面のプロパーと協力してやっていくのがベストだと思います。
- 西本
- 具体的にはどのような取組を模索されていますか?
- 安田
- ここ(岐阜グリーンスタジアム)には、動作分析用のビデオやコンピュータ、ウェイトトレーニングマシン、酸素カプセルなどが常備されておりハード面は充実しています。一方で、それを専門的に分析するアナリストがいてくれたら、違った戦術研究や指導が期待できます。今、世界ではどこの国も取り入れていますし、他競技でも国体でも大切だと思いますよ。
- 西脇
- 学校現場でも、映像は撮るけれどうまく活用ができていません。VTRの編集に時間を割くことになり、撮りっぱなし、流しっぱなしになりやすいですね。
- 安田
- スキルアップについてはある程度指導者の力量でできます。それを有効に活用するには、やはりフィジカル面でのサポートが必要です。ハイパワーをどうやって引き出すか。筋肉の特性や仕組を選手が理解できれば、練習の効率は上がるんです。また選手もフィジカルトレーニングのサポートを欲しているし、気分転換にもなりますね。
- 西脇
- 国体などでいう青年の選手や学生は、経験的にピークの持って行き方や技術的な面は成熟しているのですが、少年に関して言えば指導者は技術面に明け暮れてしまう傾向が強いですね。
- 安田
- それは、自分の存在感が薄まることに対する不安があるからでしょう。でも、最終的にはチームが強くなればいい訳だから、ひとりで抱え込み、育てるのには限界があります。本当に成績を残そうと思うのであれば、スキルもフィジカルもみんなの力を得ながら、チームを強化していくことが大事です。
- 西脇
- 効果はありそうですか?
- 安田
- 子どもたちにとっても、いつも顔を合わせている同じ人間が言うより、専門性をもった人物があれこれ話してくれた方が説得力はありますね。
- 喜久生
- 少年を指導する場合、3年間で結果を出さなくてはいけないから難しい面もあるでしょう。
- 安田
- 僕たちが求めるのは即効性です。科学的に分析して「10年経てば結果がでる」では困ります。ある程度厳しく追い込んで、ある程度の負荷をかけてくれるような指導者はいいと思います。ハードトレーニングを課して、「壊れちゃいますよ」という人も中にはいますが、壊れるまでやらなければはっきり言って強くはなれないですよ。高校生などは3年が勝負なわけですから。机上の学問やデータ分析も大事だけれど、それプラス現場を経験された方が望ましいですね。

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■ 医療機関との連携について
- 喜久生
- 僕は医学的な立場で言うと、例えば走り過ぎて 起こる疲労骨折というのがありますが、僕は「疲労骨折するまでやらなければ強くならない」ことは、その通りだと思います。トレーニングというのは、限界が来る所まで追い込んであげるのが一番いい。疲労骨折のレベルに達しない子は、強くなれません。ただ、この辺りの考え方が難しいですね。
- 安田
- 疲労骨折になった時でも、喜久生先生は頼りになるんです。けがをしても「すぐ行け!」と先生にお任せできるから、おもいっきりしぼることができ、負荷もかけられます。昔は疲労骨折の生徒に、「強制的に休ませる」とか、「もうホッケーなんかやってはいけない」とか言う医者がいました。我々もそんな声を聞くと指導をしていても不安です。今では保護者との関係もあるから、医療機関やドクターとの体制を作っていくことは大切ですね。
- 西本
- 現場でおもいきった指導ができるには、安全性の担保というかバックがしっかりしているということは大切ということですね。安全性という面から、この時期になってこれは大事にしているということがあれば教えていただけませんか。
- 安田
- 試合前になるとやっぱりコンディション作りが重要ですね。どのように大会本番までにピークを持っていくのか、これをまず最優先に考えなければならないので、ある程度の練習量をどの程度減らしていくのかを考えています。
- 喜久生
- その辺りのノウハウはあるのですか?例えば1ヶ月~2ヶ月先のスケジュールとか。
- 安田
- 女の子の場合は意外かもしれないけれど、そんなに深く考えない方がいいんです。ある程度やっても、重たそうな顔をする。それを見てこちらが温情をかけて、「今日は休んでやろう」などとして、翌日の動きがいいかといったら、良くないことが多い。リズムを狂わせない程度にそのままやって、そのまま落とすようなことをしないといけない。それで結構失敗しています。
- 西本
- 特にそういう意味では、国体に向けて特別なことを考えていることはあるのでしょうか?
- 安田
- 国体については毎年のようにやっていましたから、ある程度これだけやっておけばこれだけの力は出せるだろうというもの、選手を見てこの選手ならこれだけの練習でどれくらいのレベルになるだろうというのはだいたい分かります。だから今の戦力で、このままやっていけばこれだけの成績をあげるだろうというのはすでに計算されていると思う。でなければ、指導者としてはダメだと思いますよ。

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■ ドーピングコントロールについて
- 西本
- ドーピングコントロールに関して、ドクター側からも毎年のように、「こんな薬剤が禁止である」といった情報提供をしていますが、これについてはどのようにお考えですか?
- 安田
- ナショナルチームについては、いろいろな冊子が来るから、冊子を各選手に配布しています。あるいは薬をもらった場合には必ずドクターにドーピングに抵触しないかを確認しています。もしそれが行えない場合は、ドクターを通してトレーナーから連絡をしてもらっていて、今のところナショナルチームとしては、罰則をもらった選手はいません。
- 西本
- 選手の入れ替えもあると思うが、新しく加入した選手への指導についてはどうお考えですか?
- 安田
- 新しい選手の入れ替えがある中で、一番いいのはドクターに直接指導して頂くということだと思います。今JOCやJADA(日本アンチ・ドーピング機構)でも積極的に講習を行うことを勧めているので、男女が揃って講習をやらなければと考えています。なかなか日程の調整が合わないところだけれど、そういう形にしていくことが選手たちに安心感を与えると思います。
- 喜久生
- 先日、ホッケーの指導者を対象にした講習会で、ドーピングコントロールに関する検査や違反薬について、今年度の変更点や留意点など話をしたのですが、実際選手に直接伝えるチャンスがなかなかありませんね。
- 西本
- 講習の内容をどれだけ咀嚼しているかも気になります。他競技の選手の中には「薬を使うのが怖い」と、本来使うべき薬も使わずにいる場合もあると聞いてはいるが。ホッケーの場合、実際どうでしょうか。
- 安田
- それはないと思う。恐怖感とか、萎縮しちゃうとかはないでしょう。実際にドーピング検査を行っている選手も何人かいます。それにしてもよく検査にやって来ますね。今年も1月から3月までの間に3回も来ている。「また来たのか。」という感じに。
- 喜久生
- JADAでは今後、抜き打ち検査が多くなりますよ。日本はドーピング検査数は結構こなしているのだけれど、世界的に見てはまだ少ない。また、ドーピング違反者は日本は0.2%(世界の平均は2%)と非常に少ない。昨年でも数人で、それも「うっかりドーピング」ばかりです。「え、これドーピングにひっかかるの?」という感じに。外国に比べると、意図的な使用がほとんどないのが日本なのです。
- 安田
- 選手の間でも徹底されていて、風邪などをひいたりすると必ず薬を持ってきて「これって大丈夫だろうか?」と聞いてきます。そこまで浸透しています。
- 西脇
- 体育協会へ少年の保護者からも、「娘が風邪をひいたのだけれども、薬は服用してはいけないのか?」という問い合わせはよくありますね。実際医師からもらった薬の名称を伺い、それを薬剤師会に投げて回答をするということで対応をしていますが。
- 喜久生
- それはドーピング・コントロールが徹底されてきているからだと思います。ナショナルチーム内では、薬を見て「これは大丈夫」「これも大丈夫」って常々言っていますから、選手たちも概ね理解をしています。ホッケーに関して言えば、海外遠征の先からでもトレーナーから、「この薬使ってもいいですか」という確認メールが必ず来ていますよ。
- 安田
- けがをしたら何を処方させたらいいのか、選手はこういう状態だがいいのか、悪いのかを気がねなく相談できます。そういった意味では、非常にありがたく思います。
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■ ホッケーを手本にしての第一歩
- 西本
- 岐阜のほかの競技はスポーツドクターとのコンタクトのいいチームばかりではなく、ホッケーはそういった意味では医師との連携が進んでいたようですが、それはいつ頃からでしたか。
- 喜久生
- 私が県立岐阜病院に居た時だから35年くらい前になるかな。
- 安田
- それ以来お願いできませんかと。特に海外に行く時などは。例えば当時インドなんかは衛生的に不安要素が大きいから、ドクターが必要になる。そういう時は先生に行っていただくか、息子さんに行っていただいていた。国体で知り合って、何かあったら、先生にお願いしているということが続いています。
- 西本
- その時は、県職員だったんですね。今の立場にいたら難しいかもしれません。やっぱり最初は近所の、出張しやすいドクターを捕まえることも、コツのひとつでしょうね。
- 喜久生
- うまく捕まえられた。
- 安田
- 指導者としては楽でいいですよ。だから自分はドーピングについても、あまり知識がない。トレーナーやドクターに任せておけば、まず間違いないわけですから。自分は報告書をパラパラ見るだけです。その競技のドクターの条件としては、まずはドクターの資質として、スポーツが大好きだという人になっていただかないといけないと思います。そのスポーツをやっていなかったとしても、まずはどういうものなのかというものを理解しないと、なかなか治療でも難しいと思うんです。
- 西本
- 岐阜県ではスポーツドクター協議会のメディカルサポートチームというのがありますが?

- 喜久生
- 僕はそういう風に競技団体と結び付けたいのだけど、なかなかマッチングができません。ドクター仲間に「現場に出ろ!」「現場に出ろ!」って言うのだけれど、なかなか日曜日を潰してまで参加するとかは、現実難しいですね。
- 西本
- 各務原は当時県立岐阜病院に近かったということから、すぐに選手を診てもらえるという安心感はあったのではないですか?
- 安田
- それは大いにありました。
- 喜久生
- そうした意味では、まずは近くの医師とコネクションを築くことが大事ですね。
- 安田
- けがなんかしたらすぐに診てもらえる、我々としたら安心ですね。一番安心するのは親で、いくらスポーツには怪我はつきものだといっても、鼻が折れたと言われれば親はびっくりしますよね。 だから近くですぐに診てもらえるということがいいんです。この国体を契機にしてやっぱりこうしたつながりを作りたいですね。これから21世紀はスポーツの時代である。汗かく文化の時代である。農業とスポーツの時代だっていう人もいたが、日本もこれからだと思う。経済優先でやむを得ないかもしれないが、そのうち段々昔に比べれば国民がスポーツに親しむという雰囲気が出てきてますから。
- 西脇
- 安田先生より、岐阜県の競技指導者や監督にメッセージがあればお聞かせください。

- 安田
- クレイジーかな。それにかけた以上は、邪念があると駄目で、自分は邪念がなかった。ホッケーしかないと思ってやってきたから。迷いもなかったですし。フフフ…。○○バカって言葉は好きじゃないけど、でないとひとつのことを達成しようと思ってもできないと思う。人間そんなに器用ではない。人間持って生まれたものがあります。それを見極めて、それに対して没頭できるかだと思います。
- 西本
- ぎふ清流国体を契機に、岐阜県のスポーツをどのようにして盛り上げていこうとお考えですか?

- 安田
- 国体が全てではないわけですから、国体が終わってからどうするかということですね。ホッケーは岐阜国体で成功して以来、ずっと今日まで続いています。そういう面では非常にいいことだと思います。でも、多くの競技となると国体がピークで終わっていくケースが多く見られます。これは非常に残念なことですね。それ以降どうするかというのは、体育行政もあると思いますから、いろいろ行政も考えていくことになると思います。
- 西本
- 今行われている強化は、国体に勝つためだけの強化に留めてはいけないといことですか?
- 安田
- そうでなければホッケーなんていう競技は生き残れません。そのためにはオリンピックに出なければいけない。オリンピックに出るからといってホッケーのすそ野が広がるわけではないですけれども、認知というか関心は高まりましたね。それが即ホッケーをやろうという人間が増えたかというと、そうはなっていません。今携わっている人間がもっと努力して、子どもたちを集めなければならないわけです。
- 西本

- これからも岐阜のスポーツは、ホッケーを中心に活性化しそうですね。
- 安田
- 我々の牙城は絶対に守らなければならないと思っています。あとは指導者の育成の問題ですね。若い指導者を育てることが急務です。でないと、我々のような競技の衰退は早いでしょう。野球やサッカーなどのメジャースポーツはそんな危惧はしていないかもしれませんが、我々のような競技では指導者は少ないですから、ある程度定期的に指導者の講習会を行って、指導者の育成を行うことが大切だと考えています。
- 西本
- ありがとうございました。
